20世紀のアメリカ文化は広まりやすかった1


アメリカは、ヨーロッパに遥かに遅れて世界の舞台に登場ししました。19世紀末までアメリカはヨーローパの辺境(フロンティア)でした。基本的には農業国であるアメリカは、南北戦争までは奴隷制度をかかえており、人種差別の問題は現代でも根強くのこっています。しかし、南北戦争後、産業国家として急成長。資源豊かな広大な国士と、移民の労働力で、第一次世界大戦後、戦争で疲れきったヨーロッパ諸国と対照的に世界の大国して登場しました。


 世界の大国として評価されるのは、アメリカの大衆文化が世界中に進出し、普遍的に受け入れられたからです。言うならば、アメリカの文明の力です。アメリカは、20世紀には生産力や自由貿易によって世界一の経済力を持ち、また同時に、ベルやエジソンに大乗されるような発明を工業化する技術力をもちあわせていました。しかしアメリカを大国にのしあげた理由はもうひとつ、文化的な力にあるとも思います。

 映画や音楽(ジャスやミュージカル)特許や自動車、飛行機、電話、ラジオなどと、それらを享受するアメリカ流の生活スタイルは、世界中のあらゆるところに浸透していきました。これまでそういった広がりを持った文化はありませんでした。ヨーロッパや日本で歴史とともに積み重ねられ改良されてきた精神的な崇高な文化と違い、アメリカの文化はTシャツ、ジーンズ、コカコーラなどに代表されるような物質的な文化で有る意味揶揄されるわけですが、どうしてここまで広まったのでしょう。亀井俊介氏の論文や『アメリカの20世紀』(有賀夏紀氏)『物語アメリカの歴史』(猿谷要氏)によるとを参考に書いてみたいと思います。

 人種のるつぼと言われ、多様な文化を持つ人々あらゆる人々に人種や階級を超えてアビールするだけの普遍性がなければ受け入れられないという状況の中でアメリカの文化が育ってきたのです。宗教や文化の違いを超えて人間の根源的なテーマ、愛や成功などの夢をテーマにしながら誰でも楽しめるような感動できるような文化が求められるわけです。さらに自由経済の国では、数が売れることが大前提なので、必然的に大ぜいに売れるところをめざし、大衆化することになるのです。
 


 こんなふうでしたから、アメリカの映画でいえば、まず誰にも分かる表現を追及し ました。どんな人種のどんな階層の人が見ても、登場人物の思考や感情の 動きが手に取るように分かり、納得ができ、共感もできる表現ですね。教 育や教養がなくても分かる表現でなければなりません。
 そこに無声映画のチャップリンが登場するのですね。言葉でなくかパントマイムだけであらゆる感情を表現することで、かえって、英語教育を受けていない移民の大衆層の娯楽としても多いに支持されました。この話はまた続き。




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