和歌に見る恋のジンクス②

今日も万葉人が信じていた恋のジンクスのご紹介です。

夢はテレパシー

今日では、夢は、脳の働きと考えられていますが、
古代、万葉の人々は、夢は自分の中からではなく
テレパシーのように外から来るものと考えていたようです。
相思はずは 君にはあるらし ぬばたまの 夢にも見えず 
祈誓(うけひ)て寝れど 
あなたは私のことを思ってはいないのね。
神に誓いをたてて寝ても夢にあらわれないなんて。
吾妹子が いかに思へか ぬばたまの 一夜も落ちず 夢にし身ゆる

彼女がどんなに思ってくれているからなのかなあ。
真っ暗な闇の夜でも毎晩かかすことなく、夢に現れてくるなんて。


祈誓(うけい)というのは、
神に誓いをたてて寝ることで、
夢の中で答えがえられるというものですが、
うまくいかないこともあったわけです。

袖を折り返して寝ると夢で思う人に逢える

袖を折り返して寝ると夢で思う人に逢える、
というおまじないもありました。

吾妹子に 恋ひてすべなみ 白栲の 袖返ししは 夢に見えきや 

いとしいあの子がが恋しくてたまらないので、
袖口をおりかえして寝たけれども、あの子の夢に僕は現れただろうか。

袖を折り返して寝ると、
恋する相手が夢にあらわれる
と信じられていました。
自分が見た夢は相手も同時に見るもの
と考えられていたのです。

 

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